毎朝、夜が明けると間もなく、隅田川の河口から上流へ向かって、カモメ
たちが、三十羽、五十羽と群れをなして低空を飛んで川を遡って行きます。
浅草の吾妻橋あたりや、上野の不忍池にはカモメの群れがいますから、そ
れぞれの群れは自分たちの縄張りの餌場へと向かうのでしょう。また、さら
に上流へと向かう群れもいるのでしょう。目的地の遠近の違いのためか、こ
の毎朝のカモメの飛行は1時間以上の間続きます。
赤いクチバシと赤い足、身体は白を基調として灰色の羽根、つぶらな瞳の
後ろに黒い斑点、小柄な身体と可憐な容姿に恵まれているユリカモメの日々
は、自然と共に生きるすべての生き物と同じように、生存と子孫を残すため
の餌探しにほとんどの時間をあてているようです。
幼いゆりかもめと成長したものとでは、くちばしと足の色の違いと翼の色
の具合の違いで判りますが、生まれて1年目の子供から長くて20年という
寿命の親たちまで、群れは血族で作られているのか、付かず離れずに固まっ
て飛んで行きます。
「名にしおはば いざ言問わん都鳥 わが思う人はありやなしやと」と在原
業平が詠んだ都鳥は、このユリカモメたちの祖先なのでしょう。墨田区向島
の言問橋の名前の由来は、平安時代に遡ります。隅田川はその頃すでに「す
みだがわ」と呼ばれていました。
ゆりかもめの群れは、どのようにして自分たちの餌場を分け合っているの
か判りませんが、仲間の数が増えて来ると餌が足りなくなるでしょうから、
新たな餌場を求めて分離独立をするのかも知れません。ゆりかもめは個体数
の増加が近年全国的に顕著な水鳥だということですが、昔は関西にはいなか
ったためか、東京都の鳥に指定されていて、新橋からお台場へ向かうモノレ
ールは「ゆりかもめ」と名付けられています。
隅田川の河口付近の最大の餌場は、築地の中央卸売市場です。
ゆりかもめよりも早起きの人たちが、まだ暗いうちから集まって来て、セリ
が始まり大量の魚が売り捌かれて、都内各地へ運ばれて行きます。その荷さ
ばきが一段落したころの市場の中の広場には、運搬中にこぼれた小魚などの
かもめの好物が散乱しているらしく、数百羽が集まり川沿いに建つ長い市場
の建物の屋根に屯しながら、乱れ飛んでいます。
昼近くにこの乱舞が収まるころになると、かもめの数は減り、そこへ今度
は、羽田沖の穴子漁の漁船など、沿岸漁業の小さな船が岸壁へ荷揚げに来ま
す。荷揚げを終えた心優しい漁師の与える魚を、川面に浮かんだかもめたち
と僅かな数ながらの川鵜たちが、互いに争うこともなく仲良く分け合ってい
ます。
かもめと川鵜は最高の食事時を終えても、そのまま市場の建物の屋根と岸
壁の人の入らない場所に屯して、川の中の魚を追ったり、時折に橋の上や川
岸の遊歩道から餌を与える人が現れると、たちまちそこに集まったりで明る
い間を過ごしています。
遊歩道での餌やりには、近くの本願寺境内をねぐらにしている鳩たちも、
目ざとく集まって来ます。鳩への餌やりは糞公害の問題から禁止されている
のですが、かもめには糞公害は無いようです。
鳩は地上の餌取り競争でかもめに敵いませんが、それでも追われることも
なく、おこぼれ頂戴とばかり抜け目なく立ち回っていますが、カラスはそう
はいきません。餌場に近づくカラスはゆりかもめに追い払われてしまいます。
真っ黒でクチバシも大きい見るからに悪役のカラスよりも、白塗りで可愛
らしい容姿のゆりかもめの方が、攻撃的で強いので、かもめのいるところで
はカラスの姿をあまり見かけません。
やがて日暮れ時になると、川上からかもめの群れが三々五々と戻って来ま
す。朝は川面から2〜30mの低空を飛んで行ったのに比べると、帰りはや
や高い4〜50mあたりを飛びながら、時折に150〜180mほどの高さ
に舞い上がり旋回飛行をします。この飛行形態の変化の理由は判りませんが、
夕暮れ時に舞い踊る風情は中々に良いものです。
ゆりかもめのねぐらは何処か判りませんが、東京湾の海の上だということ
で、産卵期ではない冬場には繁殖地のような巣は要らないようです。
4月中頃から北のカムチャッカなどの営巣地へ戻り始め、5月の連休後は
ほとんどのゆりかもめは隅田川からいなくなります。その頃になると真っ白
だったかもめの頭が次第に黒くなり、黒い目出し帽を冠ったように頭だけ黒
い夏毛に変わります。この色変わりの進み具合には個体差がありますが、最
初に見た時にはビックリしました。
隅田川に再びゆりかもめがやって来るのは、11月に入ってからです。
その年の気象環境によって多少前後することは、他の渡り鳥たちと同じです。
渡りの往復も三々五々と群れで飛んでいるようで、日々の行動と同じよう
に群れ単位で移動していると思われます。
群れという小集団は、生存と繁殖のために必要な生き方なのでしょう。
群れで生活をする動物は数多くいますが、人間もまたその内の一つです。
お互いに支え合い、助け合う共生の暮らし方が、自然に即した生き方である
ことを、ゆりかもめたちを眺めていると再認識をさせられます。

